或る草の音

そこにある音楽 ここに置く音楽

奏黙

 

自分の場合、「音楽」という言葉にそこまで思い入れがない。

 

このごろ、世間で言われてイメージされているとおぼしき「音楽」と自分の音楽とがどうも合わない感じがしていて、自分の「音楽」と言うのも少しつらくなってきた。

 

先日、「艸 奏 木 黙」という名前を付けたブログみたいなもの(tumblr)を立ち上げたことを書いたけれど、「音楽」と言わずに「奏黙」でいいという気もしている。

 

 

そして、「音楽」が続けられなくなっても、「奏黙」は続けてゆけそうな気が、かすかにしている。